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東京十社めぐり/元准勅祭社

 

東京十社(とうきょうじっしゃ)は、元准勅祭社12社の内から、1975年昭和50年)に定められた東京近郊の10の神社のことである。
出典:Wikipedia

10jinja.tokyo

 

 

芝大神宮

芝大神宮御朱印
芝大神宮
平安時代寛弘二年に創建、古くは芝神明と称したが明治五年正式に官許され芝大神宮に改称す。
祭礼は期間の長さから(11日〜21日)「芝神明だらだら祭り」として知られ、生姜市、甘酒茶屋で有名、授与品には「千木筥(ばこ)」がある。
これは東京の郷土玩具としても知られている。
江戸時代境内でおきた、め組鳶と角力とのいさかいは「め組の喧嘩」として再三歌舞伎で上演せられ、その半鐘は今でも宝物として当宮に保存されている。
出典:東京十社めぐりHP

 

品川神社

品川神社
文治三年(1187)、源頼朝海上交通の安全と、祈願成就の守護神として、安房国の洲崎明神である天比理乃咩命を勧請し、品川大明神と称した。
元応元年(1319)、北条高時の臣二階堂貞藤(道蘊)が、産業の守護神として、宇賀之売命を勧請し社地を吉端岡と名付けた。
文明十年(1478)6月、太田道灌が、風水害、疫病、歌謡の守護神として、素盞雄尊を勧請し6月の天王祭が始まる。東海道品川宿の鎮守である。
出典:東京十社めぐりHP

 

赤坂氷川神社

赤坂氷川神社御朱印

赤坂氷川神社
天暦五年(951)赤坂一ツ木に創祀す。
紀州徳川家赤坂邸の産土神の由縁によって、江戸幕府の尊信篤く、享保十四年(1729)徳川八代吉宗公が現社殿を造営、以降十四代家茂公まで歴代の朱印状が収められている。
現社殿は吉宗公が建立されたまま現存する他、境内には至る処に江戸の年号が刻まれた鳥居・燈籠・狛犬が数多く残り、江戸の情景が数多く残る神社である。
出典:東京十社めぐりHP 

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日枝神社

日枝神社御朱印
日枝神社
江戸山王の始源は古く鎌倉初期秩父重継が江戸貫主を名乗り、館に山王社を勧請し、文明年中太田道灌が城内鎮守神と尊崇し、さらに徳川家康江戸入府に際し将軍家の産土神と崇め、社殿を造営し、神領を寄進(600石)、その祭礼山王祭は、「天下祭」「御用祭」とも称され、日本三大祭の一とされた。明治元年東京奠都と共に准勅祭社とされ、皇城の鎮護の神として官幣大社に列せられ、武蔵野開拓、大江戸の鎮護の神として広く都民の尊崇を集めている。
出典:東京十社めぐりHP

王子神社御朱印
王子神社
元亨二年、当時の領主豊島氏が紀州熊野権現を勧請し若一王子宮と奉斎してより王子の名称が起る。
後に徳川家康公は社領200石を寄進し将軍家祈願所と定め、歴代の将軍の表敬厚く、八代吉宗公には元文二年飛鳥山を寄進し、王子権現の名と飛鳥山の花見は江戸名所として知られる。
古くから伝えてきた田楽舞は、戦前「喧嘩祭」の異名で有名だった。
昭和59年に復元、毎年例大祭に奉納され北区無形文化財に指定された。
また、開運の御神徳を授くとする「御槍」も授与されている。
出典:東京十社めぐりHP 

 

根津神社御朱印
根津神社
景行天皇の御代日本武尊駒込の地に創祀、後文明年間に太田道灌が社殿を奉建した。
現在の社殿は宝永三年五代将軍徳川綱吉が嗣子家宣の氏神社として当地に奉建したもので、社殿の他にも当時の唐門、透塀、楼門等の結構がすべて現存、国の重要文化財に指定されている。
またその祭礼は天下祭として有名で今に伝えられている。
境内は7000坪、古来つつじが岡と称せられ、今も花季には100種3000株が咲き競う名勝である。
出典:東京十社めぐりHP

神田神社御朱印
神田神社(神田明神)
当社は天平二年、出雲族真神田臣が祖神大己貴命を現在の皇居大手門付近に祀ったのを創祀とし、後、時宗真教上人により平将門公が合わせ祀られ以来江戸総鎮守神田明神として広く庶衆の信仰を集めた。
徳川将軍の江戸城拡張に際し、元和二年艮(うしとら)の鬼門の守護神として現在地に遷座され、歴代将軍家の尊崇篤く、神田祭は天下祭と呼ばれた。
その後明治天皇の御親拝を仰ぎ、現在は東京の中心108町の氏神として崇められている。
出典:東京十社めぐりHP

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亀戸天神社御朱印
亀戸天神社
学問の神様、菅原道真公(天神様)を祀る。
寛文二年(1662)菅家の後裔、菅原大鳥居信祐公が九州の太宰府天満宮より勧請、地形をはじめ社殿や楼門、太鼓橋など境内の結構をすべて太宰府の社にならって造営したのを起源とする。
爾来、亀戸宰府天満宮とも号され、朝野の信仰厚く、また、行楽の名勝地としても喧伝され、杖をひく人跡を絶たない繁栄をみせ、江戸庶民信仰の本源として関東天神信仰の中枢を占めている。
春は梅花に藤の花、秋は菊花—四季折々の彩りは、まさに“花の天神様”というにふさわしい。
出典:東京十社めぐりHP 

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富岡八幡宮御朱印
富岡八幡宮
寛永四年(1627)の創建以来墨田川両岸(深川・新川・箱崎)の氏子を始め、広く人々の崇敬を集めている江戸最大の八幡様で、「深川の八幡様」と親しまれている。当宮の祭礼は深川八幡祭りとして江戸三大祭りのひとつに数えられ、氏子各町神輿53基による勇壮な水かけ祭りが知られている。
平成三年に復活された御本社神輿は台輪幅五尺の日本一の黄金神輿である。
また江戸勧進相撲発祥の神社としても知られ、歴代横綱の名を刻した横綱力士碑がある。
出典:東京十社めぐりHP 

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白山神社
白山神社
天暦二年加賀一宮白山神社を現本郷元町に奉勧請す。建武四年足利尊氏公により国家平安御祈願所に命ぜられる。
元和二年徳川秀忠公の命に依り巣鴨原へ遷座、慶安四年徳川家綱公の用地と相成り、明暦元年現社地に移奉す。
後に五代将軍綱吉公と生母桂昌院の信仰を受け、小石川の鎮守となる。
近年6月には3000株のあじさいが群れ咲き、あじさい神社として都心の新名所でもある。
出典:東京十社めぐりHP